涼宮ハルヒの憂鬱 第26話 ライブアライブ
今日は学園祭。キョンは思いのままに学園をぶらついて行く。
そして、そこで出会ってしまったものとは…。
ライブ回です。 以下、俺のハルヒ感想これで終了という勢いの長さです。
ENOZメンバーの代理でステージに立ち、無我夢中で歌うハルヒ。
後日、メンバーの代わりという負い目もなんのその、メンバーからの賞賛を受けてハルヒは戸惑う。「何かをやっているという感じがした」と語るハルヒを、キョンは優しく見守るのであった。
そんな彼らを見ていた我々視聴者、何か得たいの知れない心地よさや感動が湧かなかっただろうか。本気で歌うハルヒの姿に惹きこまれ、歌とのシンクロに感動し、ハルヒを見守ろうという気持ちが起こらなかっただろうか。
ここで視聴者に起こった事象(起こったことにしておく)は、劇中で巻き起こった「ライブ感」だけではない、まさに視聴者をも取り込んだ「ライブ感」である。
このライブ感は、物語の「何がこうしてこうなったったから感動した」という説明の予定調和では生まれない、感動を作りだしている。
今回の話は、所々に現れる学園祭の何気なくも有りえそう風景、ライブシーン、後日談、全てに一体感がある。この回は、全体を端々で見てしまったら真に理解することができないだろう。要素の一つ一つでは意味がない。
そして、TVアニメ24分の制限、音楽の力、声優の演技、スタッフの技巧、そういった外部の要素も絡んで、初めて『完全な様相』が見えるようになってくる。
最後に、一番大事な要素が、今までのハルヒやキョン達を知っている視聴者の存在だ。
完全な様相の中身とは、単純に、ハルヒの戸惑いと喜びのこと。
戸惑いからは、シリーズを通して変わっていったハルヒの、成長や変化みたいなものを窺い知ることができる。
そして喜び。この話では結局、その喜びを劇中では具体的に説明しないで終わる。それを窺い知ることができるのは、ハルヒの傍に立つキョンと、我々視聴者である、と言わんばかりに。
上に書いた「端々で見たら理解できない〜」こととは、物語の全体を端々で見ていた場合ということでもある。窺い知ることができた先にあるもの。それは今までこのアニメを視聴してきた者だけが生じる、積み重ねてきた実感からくる感動なのではないだろうか。
違う言い方をすれば、この作品は、感じ取ることでしかわからない喜び、感動の手立てを提供し、その手立ての集大成をきちんと用意した作品だったのだ。
このライブアライブには、このアニメの集大成の魅力が詰まっていると思う。
そして涼宮ハルヒの憂鬱、この作品の魅力は、このライブ感にあったんだと思う。
………とか。旧シリーズの時は思ってたんだけど、今じゃあどうだろう。
旧シリーズから時間も経ったし、新シリーズはいろいろあったから、積み重なった感動が薄れ、新たな面を発見することもあったよね。
ここまで書いてきて最後に言いたかったことは、「新シリーズのハルヒは、新シリーズとしての期待感を全うしていけたのか」ということ。
魅力的な要素の詰まった作品である。それを前シリーズは、更にアニメーションというメディアで一歩踏み込まれ、完成されていたような作りだと感じていた。
それが新シリーズではどのように変化していき、捉えられ、総評されていくのか。
アニメを見る上で、そういうことを気にしてみてもいいんじゃないか、な。
この『ライブアライブ』は、今は亡きヤマカン氏の影響が大きいのか、いつもの現メインスタッフの力量がマッチしたのかはわからない。まあ俺はヤマカン回だと思ってる。ヤマカンさんの演出は嫌いじゃないんだ。おおふりのエンディングとか。ライブシーンが映画のパクリらしいことは周知の通りだとしても。
そして、そこで出会ってしまったものとは…。
ライブ回です。 以下、俺のハルヒ感想これで終了という勢いの長さです。
ENOZメンバーの代理でステージに立ち、無我夢中で歌うハルヒ。
後日、メンバーの代わりという負い目もなんのその、メンバーからの賞賛を受けてハルヒは戸惑う。「何かをやっているという感じがした」と語るハルヒを、キョンは優しく見守るのであった。
そんな彼らを見ていた我々視聴者、何か得たいの知れない心地よさや感動が湧かなかっただろうか。本気で歌うハルヒの姿に惹きこまれ、歌とのシンクロに感動し、ハルヒを見守ろうという気持ちが起こらなかっただろうか。
ここで視聴者に起こった事象(起こったことにしておく)は、劇中で巻き起こった「ライブ感」だけではない、まさに視聴者をも取り込んだ「ライブ感」である。
このライブ感は、物語の「何がこうしてこうなったったから感動した」という説明の予定調和では生まれない、感動を作りだしている。
今回の話は、所々に現れる学園祭の何気なくも有りえそう風景、ライブシーン、後日談、全てに一体感がある。この回は、全体を端々で見てしまったら真に理解することができないだろう。要素の一つ一つでは意味がない。
そして、TVアニメ24分の制限、音楽の力、声優の演技、スタッフの技巧、そういった外部の要素も絡んで、初めて『完全な様相』が見えるようになってくる。
最後に、一番大事な要素が、今までのハルヒやキョン達を知っている視聴者の存在だ。
完全な様相の中身とは、単純に、ハルヒの戸惑いと喜びのこと。
戸惑いからは、シリーズを通して変わっていったハルヒの、成長や変化みたいなものを窺い知ることができる。
そして喜び。この話では結局、その喜びを劇中では具体的に説明しないで終わる。それを窺い知ることができるのは、ハルヒの傍に立つキョンと、我々視聴者である、と言わんばかりに。
上に書いた「端々で見たら理解できない〜」こととは、物語の全体を端々で見ていた場合ということでもある。窺い知ることができた先にあるもの。それは今までこのアニメを視聴してきた者だけが生じる、積み重ねてきた実感からくる感動なのではないだろうか。
違う言い方をすれば、この作品は、感じ取ることでしかわからない喜び、感動の手立てを提供し、その手立ての集大成をきちんと用意した作品だったのだ。
このライブアライブには、このアニメの集大成の魅力が詰まっていると思う。
そして涼宮ハルヒの憂鬱、この作品の魅力は、このライブ感にあったんだと思う。
………とか。旧シリーズの時は思ってたんだけど、今じゃあどうだろう。
旧シリーズから時間も経ったし、新シリーズはいろいろあったから、積み重なった感動が薄れ、新たな面を発見することもあったよね。
ここまで書いてきて最後に言いたかったことは、「新シリーズのハルヒは、新シリーズとしての期待感を全うしていけたのか」ということ。
魅力的な要素の詰まった作品である。それを前シリーズは、更にアニメーションというメディアで一歩踏み込まれ、完成されていたような作りだと感じていた。
それが新シリーズではどのように変化していき、捉えられ、総評されていくのか。
アニメを見る上で、そういうことを気にしてみてもいいんじゃないか、な。
この『ライブアライブ』は、
こんにちはアン Before Green Gables 第26話 さようならトーマス家
バート亡き後の親戚会議で、アンが孤児院に行くことが決定した。
悲しみに沈むアン。そんな中、アンを引き取りたいという男が現れた。
男の名はケンドリック・ハモンド、製材所の社長さんだそうだ。
浅い記憶力がもろわかりの度忘れをしてしまいましたが、アンの経緯は、トーマス家→双子の赤ちゃんがたくさんいるハモンド家→○○○でしたね。
別れの時、後悔しきりのジョアンナが痛々しかったな…。
前回のバートの葬式の時、なんだかバートの死が美談みたいに纏められていたけど、残された家族のことを思うとやはりそんなこと言っていられないね。家族の一歩だって時に現実は非情だ。アンのあの総出演の回想が不憫すぎる。
そしてそのままトーマス家を離れるアン。みんなとのお別れ。
つーか、第9話の時、ジョアンナがジェシーのアンを引き取りたいとの申し出を断るシーンで、「ジョアンナの後悔の痛みは、後々晴れることになる」みたいなナレーションがあったと思うんだけど、このお別れの時に何かがあるのかと思いきや、ジョアンナは逆に後悔しきっていたので結局謎のままだった。後々晴れる痛みとは、クリスマス前の団結の時のことを指していたのだろうか。それとも、これからまだ何かあるのか?
その日の晩、アンはハモンド家へ。胸に沸き起こる、不安と悲しみ。
今回から1クールはハモンド家以後の展開か…。どういう締めになるんだろう。
作画はケンドリックがお金を落としてわたわたするところが上手だった。
ベテランの皆様が結構来ていたような…。
悲しみに沈むアン。そんな中、アンを引き取りたいという男が現れた。
男の名はケンドリック・ハモンド、製材所の社長さんだそうだ。
浅い記憶力がもろわかりの度忘れをしてしまいましたが、アンの経緯は、トーマス家→双子の赤ちゃんがたくさんいるハモンド家→○○○でしたね。
別れの時、後悔しきりのジョアンナが痛々しかったな…。
前回のバートの葬式の時、なんだかバートの死が美談みたいに纏められていたけど、残された家族のことを思うとやはりそんなこと言っていられないね。家族の一歩だって時に現実は非情だ。アンのあの総出演の回想が不憫すぎる。
そしてそのままトーマス家を離れるアン。みんなとのお別れ。
つーか、第9話の時、ジョアンナがジェシーのアンを引き取りたいとの申し出を断るシーンで、「ジョアンナの後悔の痛みは、後々晴れることになる」みたいなナレーションがあったと思うんだけど、このお別れの時に何かがあるのかと思いきや、ジョアンナは逆に後悔しきっていたので結局謎のままだった。後々晴れる痛みとは、クリスマス前の団結の時のことを指していたのだろうか。それとも、これからまだ何かあるのか?
その日の晩、アンはハモンド家へ。胸に沸き起こる、不安と悲しみ。
今回から1クールはハモンド家以後の展開か…。どういう締めになるんだろう。
作画はケンドリックがお金を落としてわたわたするところが上手だった。
ベテランの皆様が結構来ていたような…。
懺・さよなら絶望先生 第12話
シュレディンガーのお話、シュレディンガーの嫁さん一覧が面白かった。
平行世界っていうとノエインを思い出すね。この前久しぶりに見たくなってDVDを借りてきたんだ。24話。一つの未来の可能性の話。面白いからみんなおすすめだよ!
ロケットが突き抜けたお話、これも今までとノリが違う話だ。
最後の爆発、爆発物に定評のある高山さんがやったのか?w
3番目の話は…引っ張った割には。
絶望先生えかきうた、MAEDAさんと立木さんという紙一重の組み合わせ。
『いけない♥カエレ先生』。
よくやったよ。泣いてもよかった。
やっぱ小林さん歌上手いね。なんかもうヤンヤン言ってるの聞いた時点で感動したわ。
ここまで凄い歌詞見たことない。これだからシャフトは。もっとやれ。
エンドカードは田島さん、MADARAだよ。親戚の兄さん家で読んだなあ…。
たぶん次回が最終話だろうからまったり期待。
平行世界っていうとノエインを思い出すね。この前久しぶりに見たくなってDVDを借りてきたんだ。24話。一つの未来の可能性の話。面白いからみんなおすすめだよ!
ロケットが突き抜けたお話、これも今までとノリが違う話だ。
最後の爆発、爆発物に定評のある高山さんがやったのか?w
3番目の話は…引っ張った割には。
絶望先生えかきうた、MAEDAさんと立木さんという紙一重の組み合わせ。
『いけない♥カエレ先生』。
よくやったよ。泣いてもよかった。
やっぱ小林さん歌上手いね。なんかもうヤンヤン言ってるの聞いた時点で感動したわ。
ここまで凄い歌詞見たことない。これだからシャフトは。もっとやれ。
エンドカードは田島さん、MADARAだよ。親戚の兄さん家で読んだなあ…。
たぶん次回が最終話だろうからまったり期待。
涼宮ハルヒの憂鬱 第25話 朝比奈ミクルの冒険
朝比奈ミクルは未来人である。超能力者としての力を隠し持つ小泉イツキ少年を見守るミクルの前に、悪い魔法使いで宇宙人、長門ユキが立ち塞がるのであった。
全てはここから始まった。 なーつかしぃー。
原作ファンが初めて今回を見た時の衝撃が、ここまで新シリーズに触れ、以前よりも物語の概要を知った今ならわかる気がする。喧々囂々。どれくらいの意見が飛び交ったことだろうかね。
自主制作(それ以下)のノリを醸しつつ、作品へのイントロデュースを兼ねていた、元祖第1話。
この1話からは、涼宮ハルヒワールドの無限大の可能性を感じたよなあ。
まあ、今じゃ第25話扱いなのがなんとも言えない寂しさがあったり。
今見ると、作画はこの回だけなら別にムーブメントを巻き起こすほどのもんではなかったね。
他の旧作の本編は頷ける出来を保っているが、このミクルの冒険だけは妙にしょんぼりな感じ。エンディングはとにかく大絶賛であったが…。
作監門脇さんって今と比べると考えられん。最後の団員の集合カットの違和感が面白い。
次回はライブアライブ…ヤマカン式ハルヒ集大成。
あまり長ったらしくならない範囲で語ろ。
全てはここから始まった。 なーつかしぃー。
原作ファンが初めて今回を見た時の衝撃が、ここまで新シリーズに触れ、以前よりも物語の概要を知った今ならわかる気がする。喧々囂々。どれくらいの意見が飛び交ったことだろうかね。
自主制作(それ以下)のノリを醸しつつ、作品へのイントロデュースを兼ねていた、元祖第1話。
この1話からは、涼宮ハルヒワールドの無限大の可能性を感じたよなあ。
まあ、今じゃ第25話扱いなのがなんとも言えない寂しさがあったり。
今見ると、作画はこの回だけなら別にムーブメントを巻き起こすほどのもんではなかったね。
他の旧作の本編は頷ける出来を保っているが、このミクルの冒険だけは妙にしょんぼりな感じ。エンディングはとにかく大絶賛であったが…。
作監門脇さんって今と比べると考えられん。最後の団員の集合カットの違和感が面白い。
次回はライブアライブ…ヤマカン式ハルヒ集大成。
あまり長ったらしくならない範囲で語ろ。
こんにちはアン Before Green Gables 第25話 雪よりも冷たく
クリスマスの夜、バートの身に起こった悲劇。
悲しみにくれるトーマス家。そして、これからアンを待つ運命とは。
もしかしたら原作アレンジが起こったりしないかと期待もしたんだが…。
さすがに有り得なかったか。
御葬式。 たくさんの物を失くしたから幸せになった、か。
ダンス大会で優勝した靴とトロフィー、誇りと名誉を共に、という台詞にぐいっと来てしまった。大切な思い出が遺品として戻ってきたんだな。
まだ若き夢を見ていたときの栄華と、そして新たなる家族との絆。確かに、バートは世界一幸せになったのかもしれないね。
…ただし、家族を残して。 ジョアンナの悲しみがどのくらいだったかは考えたくもない。ホーレスにとっては人生初の『転機』になったことだろうと思う。辛いだろうが…。
自分が孤児院に入れられるかもしれない、という話を聞いたアン。
予告でアンを引き取りたいと申し出た男ってのは本当に誰なんだろう?
『赤毛のアン』14話まで視聴。今のこんアンとのギャップがね。両作の史実に確実な繋がりがないことは、こんアンのバート覚醒→死亡の展開でよくわかった。公式でありつつIFか。
教室騒動、ギルバートの頭がカチ割られてた。
運よくというか、この回はざっと記憶に残ってたんだよなあ。
ギルバートは根は紳士な奴だよね。まさにそのまんま、イタズラ好きの王子様というタイプ。
声優さんは井上和彦さんだしもーうかっこいんだわ。
悲しみにくれるトーマス家。そして、これからアンを待つ運命とは。
もしかしたら原作アレンジが起こったりしないかと期待もしたんだが…。
さすがに有り得なかったか。
御葬式。 たくさんの物を失くしたから幸せになった、か。
ダンス大会で優勝した靴とトロフィー、誇りと名誉を共に、という台詞にぐいっと来てしまった。大切な思い出が遺品として戻ってきたんだな。
まだ若き夢を見ていたときの栄華と、そして新たなる家族との絆。確かに、バートは世界一幸せになったのかもしれないね。
…ただし、家族を残して。 ジョアンナの悲しみがどのくらいだったかは考えたくもない。ホーレスにとっては人生初の『転機』になったことだろうと思う。辛いだろうが…。
自分が孤児院に入れられるかもしれない、という話を聞いたアン。
予告でアンを引き取りたいと申し出た男ってのは本当に誰なんだろう?
『赤毛のアン』14話まで視聴。今のこんアンとのギャップがね。両作の史実に確実な繋がりがないことは、こんアンのバート覚醒→死亡の展開でよくわかった。公式でありつつIFか。
教室騒動、ギルバートの頭がカチ割られてた。
運よくというか、この回はざっと記憶に残ってたんだよなあ。
ギルバートは根は紳士な奴だよね。まさにそのまんま、イタズラ好きの王子様というタイプ。
声優さんは井上和彦さんだしもーうかっこいんだわ。
東京マグニチュード8.0 第11話
悠貴……。 涙。
個人的には8話以降の、悠貴が死んだかどうかわからないまま進んでいく展開は、あまり好みではなかった。問題なのは、悠貴が死んでしまったその現実にどう立ち向かっていくのか、それをじっくりやることで、未来の成長に繋がるし、震災物として見せ場も増えてくるんじゃないか、と思ったから。このまま「死」で感動させるつもりなのか、と思ったんだな。
だがしかし最終話。相変わらずそういう印象はありながらも、未来が家族と悲しみや喜びを分かち合ったり、長い帰り道を共にした真理さんに想いを話したり、幾許かの「こうなるかもしれない」という共感を覚えるところがあって、グッとなってしまった。
東京地震が主題の震災物ということで考えると、もうちょいサバイバルな展開があったりしても良かったんじゃないか、と、なんとなく納得がいかなかったりもするのだけれど、本作は「震災での命」という面はちゃんと描けていたように感じた。
それは大事なことなんじゃないかな。震災で何が怖いか、何を守るかっていったら、何より人命でしょ。人が生きていること自体が罪とかいう終わりのない話はここでは無駄。
そして人の死というものは、それがどうやって訪れても、それがどれだけ悲しくても、乗りこえていかなきゃいけない。
大切な人の死は、とてつもなく悲しいものである。
その大切な人が、地震のせいで死んでしまったら?
というメッセージが一番だったんじゃないかな、この作品は。
以下TB送信先です
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/aoi78/diary/200909230001/a4dcb/
http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/10345010533/b3c8e9e4
個人的には8話以降の、悠貴が死んだかどうかわからないまま進んでいく展開は、あまり好みではなかった。問題なのは、悠貴が死んでしまったその現実にどう立ち向かっていくのか、それをじっくりやることで、未来の成長に繋がるし、震災物として見せ場も増えてくるんじゃないか、と思ったから。このまま「死」で感動させるつもりなのか、と思ったんだな。
だがしかし最終話。相変わらずそういう印象はありながらも、未来が家族と悲しみや喜びを分かち合ったり、長い帰り道を共にした真理さんに想いを話したり、幾許かの「こうなるかもしれない」という共感を覚えるところがあって、グッとなってしまった。
東京地震が主題の震災物ということで考えると、もうちょいサバイバルな展開があったりしても良かったんじゃないか、と、なんとなく納得がいかなかったりもするのだけれど、本作は「震災での命」という面はちゃんと描けていたように感じた。
それは大事なことなんじゃないかな。震災で何が怖いか、何を守るかっていったら、何より人命でしょ。人が生きていること自体が罪とかいう終わりのない話はここでは無駄。
そして人の死というものは、それがどうやって訪れても、それがどれだけ悲しくても、乗りこえていかなきゃいけない。
大切な人の死は、とてつもなく悲しいものである。
その大切な人が、地震のせいで死んでしまったら?
というメッセージが一番だったんじゃないかな、この作品は。
以下TB送信先です
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/aoi78/diary/200909230001/a4dcb/
http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/10345010533/b3c8e9e4
懺・さよなら絶望先生 第11話
色眼鏡のお話、まあ人間、色眼鏡ってか偏見を一つや二つは持っているもの…。
2番目のお話、これ原作読んだときも違和感があったんだけど、
いつもとスタイルが違うよね。今の原作はずっとこんな感じなのかな?
揚げ足のお話、好きな話。
最後の別次元の取り合いはもうちょいパワーがあれば…。
絶望先生えかきうた、テラコヤス。上田さん好っきゃー。
エンドカードは感激でした。ありがとう
本作を見ていると、声優さんの演技は偉大だなあと思う。
ちょい役でも全力で笑わせてくれる。やはり欠かせない原動力だ。
2番目のお話、これ原作読んだときも違和感があったんだけど、
いつもとスタイルが違うよね。今の原作はずっとこんな感じなのかな?
揚げ足のお話、好きな話。
最後の別次元の取り合いはもうちょいパワーがあれば…。
絶望先生えかきうた、テラコヤス。上田さん好っきゃー。
エンドカードは感激でした。ありがとう
本作を見ていると、声優さんの演技は偉大だなあと思う。
ちょい役でも全力で笑わせてくれる。やはり欠かせない原動力だ。
シャングリ・ラ 第24話 理想郷土
最終回。もうわけわっかんねー。
涼子が語った、國子と美邦の出生の秘密。
まあ人工的に作られたというのは予想できていた。しかし、卑弥呼の遺伝子だったのかい…。
で、香凛がメデューサを止めた。なぜそれが出来たのかはよくわからん。
國子はあまのぬぼこを引き抜きつつも、卑弥呼にはならず、涼子を討つ。
ここもよくわからなかった。その後、ゼウスをぶちのめしに行ったわけだけど、國子は卑弥呼の設定をどこまで把握していたんだろうか?と気になって仕方なかった。
そしてゼウスをぶち壊す。卑弥呼とのバトルは感想端折る。
美邦の下にミーコの幻が現れる。
ゼウス死亡=アトラスに纏わるものの力の停止ということだろう。ここで幻影が現れて、美邦がオッドアイじゃなくなった=彼女の神秘性がなくなった、ということに対する突っ込みはない。良いシーンだったから。
ただ……武彦だけは無駄死に臭い。
何もかもを失った香凛。そんな彼女の前に現れたのは―。
貧乏なクラリスと眼鏡のチャン。あとネオギルドの子分のみなさん。
これは、今の香凛にはどれだけ救いになったことだろうか。リアルを失くし、リアルを取り戻したのだから。香凛にはこれから、メデューサと、仲間たちと一緒に、まともに仕事をしてほしい。それが彼女の贖罪だ。
あー、俺この作品で一番香凛が好きだったんだなあ。
そしてラスト。みんなそれぞれの居場所を作りたい、と言う國子。
アトラスの夢は絶たれたが、人々は生き、各々の『都』を作っていくから。
「それが、そここそが、私たちのシャングリラ――」。
と、綺麗にまとめてみましたが、どうでしょう。どうしましょう。炭素経済の仕組みが変わりつつある世界で、みなどう生きていくのか。もうちょい、見せてほしかったかな…。
作監は9人もいたけれど、その分バラつきはありつつ、今までで一番良かったかな。原画には目新しいところで「奥田淳さんが来ていたなあ…。どのカットもごった煮すぎて、何がなんだかわからない面白さがあった。
遂に終わりました『シャングリ・ラ』。
本作を最後まで視聴してみて思ったことは、この作品は『シャングリ・ラ』という作品の、歴史の一遍を切り取って見せてくれた作品だったのかな?ということ。
ラストが「これから話はまだまだ続くよ」、というようなオチだったのがその考えに拍車を掛けたわけだが、それ以外でもね。全設定が覚え切れず、物語は流れ作業的に繋がっていき、その分お客様感覚が抜け切れない。あまりの把握の出来なさに、いつの間にかそういう印象を持っていたんだよなあ。
4クールくらいやったらもっと深みが出たのかな。だが終わってしまった今、それももう仮定の話に過ぎない。
つーか、要はアトラス計画って、ディグマを使って卑弥呼を復活させて、どんな犠牲を出してでも、アトラスの高みを目指す、という概要で良かったのかな?それをやってのける指導者や実行者は別に誰でも良い、アトラスのためになるならば、という。
そして結局、なぜ国仁はAAAだったのか?これは涼子様のお遊びか?何かこれらを示唆したシーンあったっけ?
…つーかね、俺はここまで見て、そんなことすらも把握していないのよ。
「見直せば良いじゃん、馬鹿じゃん?」って?まあね。「話がわからないからこの作品はつまらない」って決めちゃうのは視聴者に問題があると思うよ。
だがね、こっちだってね、こんな無茶苦茶な作品を見直しているほど、暇じゃないんだよ…。
感想を書いていて不甲斐なくなった者の、心の叫びでした。
今までthank you!!
涼子が語った、國子と美邦の出生の秘密。
まあ人工的に作られたというのは予想できていた。しかし、卑弥呼の遺伝子だったのかい…。
で、香凛がメデューサを止めた。なぜそれが出来たのかはよくわからん。
國子はあまのぬぼこを引き抜きつつも、卑弥呼にはならず、涼子を討つ。
ここもよくわからなかった。その後、ゼウスをぶちのめしに行ったわけだけど、國子は卑弥呼の設定をどこまで把握していたんだろうか?と気になって仕方なかった。
そしてゼウスをぶち壊す。卑弥呼とのバトルは感想端折る。
美邦の下にミーコの幻が現れる。
ゼウス死亡=アトラスに纏わるものの力の停止ということだろう。ここで幻影が現れて、美邦がオッドアイじゃなくなった=彼女の神秘性がなくなった、ということに対する突っ込みはない。良いシーンだったから。
ただ……武彦だけは無駄死に臭い。
何もかもを失った香凛。そんな彼女の前に現れたのは―。
貧乏なクラリスと眼鏡のチャン。あとネオギルドの子分のみなさん。
これは、今の香凛にはどれだけ救いになったことだろうか。リアルを失くし、リアルを取り戻したのだから。香凛にはこれから、メデューサと、仲間たちと一緒に、まともに仕事をしてほしい。それが彼女の贖罪だ。
あー、俺この作品で一番香凛が好きだったんだなあ。
そしてラスト。みんなそれぞれの居場所を作りたい、と言う國子。
アトラスの夢は絶たれたが、人々は生き、各々の『都』を作っていくから。
「それが、そここそが、私たちのシャングリラ――」。
と、綺麗にまとめてみましたが、どうでしょう。どうしましょう。炭素経済の仕組みが変わりつつある世界で、みなどう生きていくのか。もうちょい、見せてほしかったかな…。
作監は9人もいたけれど、その分バラつきはありつつ、今までで一番良かったかな。原画には目新しいところで「奥田淳さんが来ていたなあ…。どのカットもごった煮すぎて、何がなんだかわからない面白さがあった。
遂に終わりました『シャングリ・ラ』。
本作を最後まで視聴してみて思ったことは、この作品は『シャングリ・ラ』という作品の、歴史の一遍を切り取って見せてくれた作品だったのかな?ということ。
ラストが「これから話はまだまだ続くよ」、というようなオチだったのがその考えに拍車を掛けたわけだが、それ以外でもね。全設定が覚え切れず、物語は流れ作業的に繋がっていき、その分お客様感覚が抜け切れない。あまりの把握の出来なさに、いつの間にかそういう印象を持っていたんだよなあ。
4クールくらいやったらもっと深みが出たのかな。だが終わってしまった今、それももう仮定の話に過ぎない。
つーか、要はアトラス計画って、ディグマを使って卑弥呼を復活させて、どんな犠牲を出してでも、アトラスの高みを目指す、という概要で良かったのかな?それをやってのける指導者や実行者は別に誰でも良い、アトラスのためになるならば、という。
そして結局、なぜ国仁はAAAだったのか?これは涼子様のお遊びか?何かこれらを示唆したシーンあったっけ?
…つーかね、俺はここまで見て、そんなことすらも把握していないのよ。
「見直せば良いじゃん、馬鹿じゃん?」って?まあね。「話がわからないからこの作品はつまらない」って決めちゃうのは視聴者に問題があると思うよ。
だがね、こっちだってね、こんな無茶苦茶な作品を見直しているほど、暇じゃないんだよ…。
感想を書いていて不甲斐なくなった者の、心の叫びでした。
今までthank you!!






![ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 (EVANGELION:1.11) [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B001VNCVTS.09.MZZZZZZZ.jpg)
![紅 6 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B0017LZRCM.09.MZZZZZZZ.jpg)





